自宅療養のこと


2009年、8月22日、遠く離れた回復期のリハビリ専門病院を退院した。 前日まで「病院内では手厚い介護と車椅子での生活であった。万度な回復には至らない状態のまま、医療保険適用の制約上、退院した。 それでも遠く離れた病院から我が家に帰ってきたときは狂喜した。
退院後の自宅療養生活において元の状態に近く回復するだろうと楽観することにした。
・・・いや、そう思いたかった。 我が家は共働きである。妻が出勤し、帰宅するまで、孤独である。
退院したばかりの頃は、一人で外の散歩は勝手にしないでと言われていた。
テレビとネットする以外は、横になることが増えた。
自主トレの知識や必要性の認識も乏しく、人間本来の怠惰に負けて、寝てばかりいた。
そうでもしないと、不安と孤独に押しつぶされそうだった。 後日通所リハビリでは、午前中だけでも座ることとか、 体力、筋力の増強に努めるようアドバイスを受けて少し努力するようにはなったが、退院してリハビリ時間が激減し、体力、筋力の低下に拍車がかかった。回復のめどがつかず、落ち込んでは、立ち直ることの繰り返しの日々だった。 秋になって、自己入浴と、1キロ杖歩行を妻には、内緒に達成し、励みとした。
にもかかわらず、前途多難を具体的に実感していく過程だった。
自宅の生活は必要に迫られて本当にリハビリになるよと励ましてくれる。
復職すれば実生活がリハビリだから回復するよと励ましてもくれる。
でも注意すべきは、麻痺側でない手足で何でもこなしてしまうのはよくないと思う。
私の目的は麻痺している側の回復にあるのだ。
自宅療養も秋になると、幸いなことに、左肩の傷みが和らいだ。
過保護に三角巾やアームストラップはしなかった。むしろ肩や手を動かすことに努めた。 我が家内では下肢装具を外してあるくようになった。やがて慣らし勤務に入ると、外でも装具を外した。
※ただし、復職した2010年春には、足の裏が内側に向き始め「内反尖足の様相を呈しはじめた。
歩きにくい。
再び下肢装具をつけた。矯正の効果も期待している。
自宅療養時の生活でも、妻、家族の支えは強力だったし、友人の「おーさん」のメールには励まされた。
人間は一人では生きられない。